T-OSAKA|トサカノート

金子淳さん(金子農園)インタビュー/京田辺市(京都)の注目有機農家

金子淳さん(金子農園)

プロフィール

金子淳(Atsushi Kaneko)
1982年大阪府門真市生まれ。7年間の会社員生活を経て農家に転身。京都太秦の有機農家で修行したのち、2016年から京田辺市に3反の土地を借り「金子農園」として独立。有機栽培により万願寺唐辛子や九条ネギなどの京野菜をはじめ、西洋野菜や中国野菜などの希少品種を育てている。



 最低基準は自分が買いたくなる野菜

―まず初めに金子農園の特徴について教えてください

金子農園では化学肥料や農薬を使わない有機農法に取り組んでいます。肥料などの資材コストを極力抑えつつ、露地で旬の野菜をゆっくり育てているのが特徴です。

―野菜をゆっくり育てるとは?

野菜本来が持つ味を引き出すために、肥料を与えすぎず無理に育てないということです。もちろん、肥料をたくさん入れれば、それだけ野菜の成長は早く、しかも大きく育つのですが、それではどうしても味が落ちてしまいます。

―成長が遅ければ収穫量にも影響しそうですが

確かに肥料を多く与えて早く育てれば、それだけ収穫量は増え、利益も出るので経済効率は間違いなく良いでしょう。でも、肥料が多ければ虫が寄ってきてしまい、結局農薬を使わざるを得なくなります。虫が付かないようにするには、肥料を最適な量にしてあげないといけません。野菜の成長速度は劣りますが、無農薬でも綺麗で美味しい野菜が育ちます。

―金子農園ではどんな種類の野菜を育てていますか?

主なところでいうと、夏は万願寺唐辛子に九条ネギ、オクラ、胡瓜、ミニトマト、茄子、インゲン、秋冬は大根やホウレン草、カブ、水菜、レタスなどですね。金子農園ではそれら一般的な野菜のほかに、紅芯大根や、紅くるり、からし菜など、あまりスーパーでは見かけないような変わり種の品種にも力を入れていて、昨年はすべて合わせると、およそ25種類の野菜を作りました。

―野菜づくりをする上でのこだわりを教えてください

こだわりといいますか、自分が野菜を買う立場で、食べたいと思える野菜をつくることを最低基準にしています。

―それで有機農法に取り組んでいるわけですね。確かに近年、オーガニックブームの影響で有機野菜を好んで買う方が見受けられますが

よく農業の話になると、今まで通りの農法と有機栽培を二極化して議論されがちですが、例えば有機にこだわっている農家さんも、農薬を使っている農家さんも、それぞれ自信を持って野菜を作っています。どっちが良いかなんていうのは実は小さい話で、そんな議論をしたところで農業全体が良くなるとは思えません。野菜を買う人にしてみても、少し値段が張っても有機を選ぶ人もいれば、とにかく安さ重視の人もいます。

結局我々生産者にとって大事なことは、野菜を買ってくれる人に食べたいと思ってもらえる野菜をいかに作っていくかについて、真摯に向き合い続けることだと思います。どれだけ手をかけて自信を持って作っても、食べてもらえなければ意味がありませんので。

珍しい品種の野菜を作る理由

―昨年1年間でよく売れた野菜は何ですか?

ズッキーニが意外と売れましたね。あまり西洋野菜を作っている人がいないっていうのが要因の一つだと思います。現在は京田辺をはじめ4カ所の直売所に野菜を置いてもらっているのですが、同じ直売所に出している農家さんは若手の人が少なく、一般的な野菜が並んでいるので、競争相手が少ない野菜がよく売れますね。そういう意味ではミニトマトなんかも人気でしたね。

―そのズッキーニも西洋野菜ですが、変わり種を育てている理由は?

やはり買う側の立場で考えていて、スーパーでも見かけない野菜、今まで見たこともないような野菜が並んでいると面白いですから。あとは見た目に美しい色鮮やかな野菜も意図的に多めに作っていて、ニンジンだと昨年は普通のオレンジ色のほかに黄色、紫の品種も育てました。今年新たに作っているのは、赤く丸いレタスのような「トレビス」。あとはイタリア料理などに使う「ルッコラ」。それに「食用のホウヅキ」や「イタリアンナス」なんかも作ります。万願寺や茄子、大根などの定番の野菜をしっかり収穫しつつ、こういった変わり種の品種を作るのもまた楽しいんです。

農業との出会い

―そもそも金子さんが農業を始めたきっかけを教えてください。昔から農業を志していたのでしょうか。

そういうわけではないですが、高校生の頃から、将来はものづくりと自営業がしたいといいう気持ちがありました。別にサラリーマンが嫌とかではなく、いずれは一人で何かやってみたいという漠然としたものです。

―始める決意をしたのはいつですか?

31歳の時ですね。それまで何も変わらず会社員として仕事を続けてきて、このままいくのか、ここで一度新しい道に踏み出してみるのかっていうことを考えていて、やるならここが最後のチャンスだなと。このままでは普通に暮らして終わってしまう人生になってしまうという不安がありましたし、何をするかどうかは別に、チャレンジすることを決めました。

―そこからどのように農業に行き着いたのでしょうか?

手に職をつけて一人でできる仕事は何かを模索していたとき、ちょうど国が青年の就農支援に積極的に動き出していた時期だったこともあり、私と同世代の人で、まったく知識もない状態から農業をしている人がいるかを興味本位で調べてみたんです。農業といえば家業として代々引き継いでいるという印象がありましたが、実際には会社を辞めて新たに農業に従事している若い人たちが意外にも多いことが分かりました。

―そこで農業に興味を持ち始めたということですね。

とりあえず話だけでも聞きに行こうと「新規就農フェア」という農業の説明会に参加し、そこから京都の桂川と淀の2カ所で農業体験をさせてもらいました。収穫なんかも手伝わせてもらったのですが、やはり少しの体験だけではいまいち実感が湧きませんでした。それならば脱サラして一から農業を始めて成功されている方に話を聞いたほうが良いと思い、高知県の農家さんにメールでお願いし、2日間体験に行かせてもらうことになりました。そこでは珍しい品種をたくさん作っていて、話を聞いても本当に楽しそうに仕事をされていて、私もやってみたいなと思うようになりました。

―大阪からわざわざ高知県まで足を運ばれたわけですね。

そこから本格的に農業の勉強を始めようと思い立ったのですが、高知に毎回通うのは難しいので、京都、大阪で同じような脱サラ農家さんを調べて、現在の先輩である山本さんの農園で勉強させてもらうことになりました。山本さんもすごく丁寧に、そして熱心に野菜を作ってらっしゃって、しかも農業一本で生活が成り立っていました。

京都太秦の有機農園で学んだこと

―現在の先輩とはどいうことですか?

山本さんの農園では三回ぐらい勉強させてもらったのですが、「やる気があるなら師匠を紹介するよ」と、京都太秦(うずまさ)で有機農園を営む長澤さんを紹介してもらいました。そこには弟子が山本さんを含め10人ほどいます。みなさん独立しているので、ここで学べれば、同じように独立できると考え、週5ペースで通い農業の技術、販売のこと、独立してやっていくイロハを学ばせてもらうことになりました。

―学んだ中で、特に感銘を受けたことは?

有機農法ですね。かつて就農相談を受けた際には、「有機は難しい」「農業で成り立ってから有機にしてみたら」と周りの人から言われていたのですが、太秦の有機農園では実際に有機農法で素晴らしい野菜を育てていました。だから自分も絶対に出来ないことはないと確信しました。ここで有機農法を学んで自分のものにして、農薬を使わないと農家なんかできっこないと言っていた人たちを見返すじゃないですけど、有機でも成り立つというところを見せないといけないな、という気持ちが強くなりました。

―そこで修行しつつ、独立したわけですね。

太秦の農園でお世話になって1年半が経った時点で京田辺の農地を確保して金子農園として独立しました。そのあとは自分の農園をやりながら空いている時間に引き続き太秦で勉強させてもらっていましたが、今年の4月でとりあえず研修は終了しました。

―当面の目標を教えてください。

安定して野菜を作ることです。これは作れたけど、これは枯らしてしまって少ししか収穫できなかったとかではなく、例えばオクラであれば7月から9月まで綺麗な状態で収穫する。一ヵ月だけ獲れて、あとは枯らすとかじゃなくて、その季節ちゃんと収穫できるように。手をかけた野菜は基本収穫できるようにしたいですね。

―安定して野菜を作るために必要なことは?

やっぱり手をかけてあげることです。きっちり畝を作って土を入れて、雑草も管理しないといけませんし、もちろん水も肥料もタイミングよく入れてあげなければなりません。農薬を撒かないからといって、汚い野菜を出すわけにはいきませんから。だから徹底した管理は妥協せずに行っていきます。これぐらいでいいやと品質の基準を下げるのは簡単ですが、それでは買ってくれる人や周りの農家さんからの信用を失います。慣れてきたときこそ、妥協しないことを心掛けています。

―将来的な目標は?

しっかり農業一本で安定した収入を得ることはもちろんですが、私がこの道に入るきっかけになった高知の農家さんや山本先輩のように、これから農業を志す人たちに少なからず影響を与えられるような存在になれれば、それは一つ成功なのかなと思います。

(了)



COMMENT ON FACEBOOK




error: Content is protected !!